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20世紀のコンクリートの時代から、世界中が「木」というものに向かっている時代。それも単に「木を使えば良い」というものではなく、「木の潜在力」をどう引き出すか…そんな時代が本格的に来たなと感じています。今回、言葉を超えた魅力を持つ木との付き合いをもっと色々深めていきたい、そんな想いもあり、ダイニングチェアとテーブルの開発に至ったわけですが、食事をする際、こんなにモノが美味しく見える椅子やテーブルは無いなと思っているんです。
家具も建築も、視覚的なモノ以上に触覚的なところで人間に響くモノが長く残っていくと思うんですが、座るだけでなくて、ぜひ撫でていただいて、この家具の「触覚的な凄さ」を感じてもらえればと思いますね。このコラボレーションを通じて、人間の心に響くモノを作るプロセスを学べて凄く楽しかったですし、思っていた以上の綺麗な家具を制作できて、とても満足しています。
「まず、木が持っている『膨らみ感』『物の表情や質感』をどう綺麗に出すかを考えた。木の質感が、滑らかな膨らみや尖った凸面などと組み合わさったときに、何とも言えない官能的な美しさが出てくるんです。椅子全体がそれを引き立てる形になれば良いなという風にデザインしました。
『全体を引き立てる』と言うのは、逆にそれ以外の部分が空気中にフワーッと消えて行く、みたいな感じで。この凸面が人間の身体に直接訴えかけて来るような、そんな椅子ができれば良いな、と漠然としたイメージを持ってディスカッションを始めました」と隈は言う。
「全体のシルエットとディテールは、相互に関連し合っているので、どちらか一方が良くても駄目で、それらが上手い形で噛み合った時に初めて人間の心に響くものができる。今回のプロジェクトのやり取りを通して、思っていた以上の素敵な家具を創り出すことができ、とても満足しています」
「今回、一番に考えていたことは『柔らかさを出す』ことと、『軽やかさを出す』こと。」 この二つの両立は簡単ではなく、多くのデザイナーが挑んできた課題だった。そこで、チェアの前脚から肘、背を構成するパーツやテーブル脚部の断面には、円の両端が尖ったレモン型の形状『紡錘形(ぼうすいけい)』を採用。この独特の形状が、厚みのある部分での適度な膨らみ感による『柔らかさ』と、両サイドのエッジが利いた部分での『軽やかさ』の両立を叶えています。
テーブルでは、天板の先端を削ぐことによって「軽やかさ」が生まれている。椅子で試みた柔らかさと軽やかさの両立がテーブルからも感じられるだろう。
「四本の脚が少し倒れることによって、何か生きもののように見えてくる。脚が直角だと機械という感じがするが、傾いているだけで四つ足の可愛い動物が、あるいは美しい動物が佇んでいるような、そんな感じがしてくる」と隈は語った。
「木の家具は『生物としての人間』にとってピッタリなものだと思うんですね。木のテーブルで食事をしていると、『森の中から自分たちは来た』という原始の記憶が蘇ってくるので、それで何か落ち着くのではないかなと…」
木が持つ言葉を超えた魅力が、人の『原始的な記憶』を呼び起こし、森に佇む動物の姿をも彷彿とさせるのだろうか。
「この家具は住宅だけでなく、例えばホテルのような空間だったら、あるだけで『おもてなし』の精神が伝わってくると思うし、オフィスに置いても『冷たい』っていうイメージを転換できるんじゃないかな。僕は、飛騨産業さんの蓄積されてきた技術や経験は、『世界の宝』の一つだと思っているんです。飛騨産業の椅子を僕らが今造っている建物の中に置くと、建築以上に日本の文化の本質をアピールすることが出来るかもしれないと思っていて、この『宝』をこれから世界に発信するというようなことを、どんどんやっていただきたいし、僕も応援したいなと思っています」
そして、「今回、様々な空間・建築のタイプを超えた『価値』を発信できる家具ができたのではと思います。これをソファにしてみたら…それも良いですね。ソファっていうと、ついつい布の塊みたいなイメージをしてしまうけど、この木の柔らかさがあれば、すごく素敵ですし、『木と布の組合せ』というのも、凄くチャレンジしてみたいテーマですね」と隈は話した。
隈 研吾 Kengo Kuma
1954年 生。東京大学建築学科大学院修了。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。現在、東京大学教授。これまで20か国を超す国々で建築を設計し、国内外で様々な賞を受けている。その土地の環境、文化に溶け込む建築をめざし、ヒューマンスケールのやさしく、やわらかなデザインを提案している。また、コンクリートや鉄に代わる新しい素材の探求を通じて、工業化社会の後の建築のあり方を追求している。
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