家具の日本一になる

23歳、最後の挑戦

日本全国の23歳以下の青年を対象とし、さまざまな職種で課題を通して技術を競い合う技能五輪全国大会。その家具職種に、飛騨産業から2名の社員が岐阜県代表として出場した。
技能五輪全国大会は、技能競技を通じ、青年技能者に努力目標を与えるとともに、技能に身近に触れる機会を提供するなど、広く国民一般に対して技能の重要性や必要性をアピールし、技能尊重気運の醸成に資することを目的として1963年から実施されている大会である。

今回出場した浦谷大司(23)と川辺瑞葵(22)はそれぞれ高校卒業後、飛騨職人学舎に入舎して木工を一から学んだ。一つ屋根の下で学舎の仲間と共同生活をしながら修業を積み、卒業したのち飛騨産業に入社した。普段は工房に勤務し、学舎生徒の指導や特注物件などの製作をしているが、大会の1ヶ月前からは、朝から晩まで毎日ひたすら本番に向けた練習に励む日々だった。

 

家具職種の課題となるキャビネットには、さまざまな加工技術が盛り込まれている。競技前日に課題が発表され、当日には詳細な寸法の発表や仕様変更があるため、それに対応できる柔軟さと的確な判断能力が求められる。練習で製作したキャビネットの数は2人合わせて30台にも及んだ。


「特別」な年

新型コロナウイルスの流行により、第58回大会は例年と比べ出場人数を絞っての大会となった。それでも大会が無事行われたことに対して、2人からは関係者に対する感謝の言葉が溢れた。
付き添いは1選手につき1名のみ。その代わりとして行われた競技中のライブ配信に、「普段は見られない人にも見てもらえるという喜びがあった」と意気揚々と語る浦谷と対照的に、後輩の川辺はカメラが目の前まで迫る中での作業に戸惑ったと話した。

 

さらに、想定していたよりも当日の仕様変更箇所が多く、川辺は初めて扱う材料もあり苦戦したというが、浦谷は「年齢的に最後の挑戦だったので、プレッシャーは感じずワクワクした」と、ここでも2人の捉え方は対照的だった。

本番では普段の練習と木材が異なることに加え、仕様変更でキャビネットの接合方法や扉に張る板の厚みが大幅に変更されたという。

 

「引き出しの側板が軟らかくて加工が大変だった」と浦谷は語る。大会に向けた練習で使用していた木材と比べ、本番で支給されたのは針葉樹のような軟らかい木材だった。軟らかい木材は傷も付きやすく、蟻組み継ぎという方法で前板と接合する際に断面がボロボロになってしまうため、きれいに加工することが難しく試行錯誤して仕上げた。

 

接合方法が変更された中には、ビスケット接合という円形の板を接合部に差し込む方法からダボ接合に変わった箇所もあった。ダボ接合とは、ダボと呼ばれる円柱状の木の部品を接合部に差し込む接合方法である。ダボを差し込むための穴を開ける位置で接合位置が決まってしまうため、穴開けの精度が求められる方法だ。どうしたら思い通りの場所に穴を開けられるのか思考を巡らせた。

そうして試行錯誤して導き出した方法が全て上手くいったことが、金賞という結果に繋がった。

採点基準は細かく分かれており「完璧ではなかった」と振り返る浦谷だが、付けられた点数は少数精鋭の出場者の中でもダントツだったという。「飛騨産業で学んだ技術が出せた」と嬉しそうに語った。
金賞を受賞し、周りからは祝福のメッセージが多い中、「うぬぼれちゃダメ。完璧はない。これからも謙虚に学ぶ姿勢を忘れるな。」と学舎で自分を育ててくれた恩師からかけられた言葉を心に留めているという。「家具で世界を幸せにしたい。」浦谷の掲げる今後の目標は大きい。


繋がるバトン

「技能五輪でメダルを獲得して親やお世話になっている人に恩返しがしたい」という思いから技能五輪全国大会への挑戦を始めた浦谷。4度目の挑戦で予選を突破し大会出場を果たすも、金賞を目指しながら2年連続の銅賞、出場年齢最後となる年に会社としても初の金賞に輝いた。「次へのバトンは渡したつもりだ」と鼓舞される川辺も、同じく2年連続で銅賞に入賞している。「この経験を仕事に生かしながら、次の大会も出場できるならば今回の反省点を生かしたい。」今後の意気込みを静かに語る川辺の眼は、既に先を見据えていた。これからも、切磋琢磨しながら挑戦し続ける若手社員から目が離せない。

 

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