旅する椅子
柳宗理デザイン・ヤナギチェア

民藝とプロダクトの間で ― 金沢 鈴木大拙館での思索

家具のなかでも椅子というのは特別な存在だ。人に一番近く、そこに人の気配のようなものが感じられるからだろうか。昨年ふと、こうした個性溢れる椅子たちをその椅子ゆかりの場所に旅をさせ、その地でポートレート(椅子の写真)を撮るという試みを思いついた。そうすることで椅子が持つ本質やものづくりの真髄を見つめ直すヒントがあるのではないかという予感がしたのだ。

 

柳宗理のデザインによるヤナギチェアを復刻

こうしてスタートした新しい取り組みで最初に旅をさせることになったのは柳宗理(やなぎ そうり 1915-2011年)のデザインによるヤナギチェア(YANAGI CHAIR)だ。飛騨産業がこの戦後の日本を代表するインダストリアル・デザイナ−の椅子を復刻する機会を得たのは2007年のことである。生前の宗理自身が高山にある日下部民藝館を通じて飛騨産業の曲木技術に関心を寄せていたことから、その後、飛騨産業の「森のことば」シリーズの取り組みに共感した柳工業デザイン研究会の所員が、当時生産中止となっていたヤナギチェアの復刻を飛騨産業に打診する。「節」を木の個性とみなし素材を無駄なく使うという当時としては先駆的な発想と、それを実現したメーカーとしての技術力が評価されてのことだった。こうして復刻されたヤナギチェアは最初の発売から50年以上が経過した今も、そのシンプルで温かみのあるデザインが世代を越えて支持をされ続けている。

金沢の鈴木大拙館へ

そんなヤナギチェアの旅先として選んだのは、金沢にある鈴木大拙館である。金沢は宗理と縁の深い土地で、宗理が50 年以上にわたり教鞭を執った金沢美術工芸大学があり、また現在は同大学が宗理に関する資料を収蔵・展示する柳宗理記念デザイン研究所を開設している。今回その中でも鈴木大拙館を訪問した背景には、鈴木大拙(すずき だいせつ 1870〜1966)と宗理の父で民藝運動の提唱者である柳宗悦 (やなぎ むねよし 1889-1961 )の間にあった深い交流に興味を惹かれたことがある。飛騨産業のある高山から金沢まで2時間ほど車を走らせると、金沢中心部にある鈴木大拙館に到着する。

鈴木大拙は東洋的なものの見方や東洋・日本の文化を世界に伝えた金沢出身の仏教哲学者で、その考えや足跡を紹介すると同時に、来館者自らが思索するための場としてつくられたのが鈴木大拙館だ。大拙はスティーブ・ジョブズをはじめ、音楽家のジョン・ケージや小説家のJ・D・サリンジャーなど、ZENを通じて欧米の多くのクリエイターに影響を与えたことでも知られ、そうした大拙と関わりのある人物への興味からこの場を訪れる来館者も少なくない。また端正で詩的な建築は同じく金沢出身で国際的に活躍する谷口吉生が設計を手掛けており、大拙館は建築好きがこぞって訪れる聖地のひとつにもなっている。

 

そんな大拙館に実際に足を踏み入れると、そこには深い静寂のなかに凛とした空気が漂い、身を置くことで自然と呼吸が深くなっていくのを感じた。直線で構成された潔く平明な建物とその間を埋める池がつくりだす水を湛えた情景は、水面に映り込む周囲の木立と北陸ならではの変わりやすい空模様によって刻々とその表情を変えていく。この空間で時を忘れて佇む時、大拙の説く「無心」に近づいているのだろうか。ここは大拙が重んじた素直に見て感じること、理屈ぬきで体感することによって大拙の思想と出会う場所なのだ。

ともに「無心」と向きあった大拙と宗悦

さっそく建物を囲む回廊部分にヤナギチェアを置いてみると、その姿は水面に写り込んだ鏡像とともにいかにも自然に溶け込み、それでいて独特の存在感を放っていた。椅子そのものが思索するかのようにも見えるその様子に夢中でシャッターを切り続ける。ちなみにこの大拙館で今回のような撮影が認められるのは極めて異例のことだ。この貴重な機会に恵まれたのは、先に触れた宗理の父・宗悦と大拙との間に特別な親交があったからに他ならない。二人の交流は学習院高等科に在籍していた宗悦が、当時、英語教師として教鞭を執っていた大拙に教えを受けたことに始まり、以来生涯に渡る。大拙は宗悦を「天才の人」と高く評価し、自らの後事を託すつもりでいたほどに宗悦に篤い信頼をよせていた。一方、大拙との交流のなかで禅や浄土思想を探求した宗悦が、名もなき工人がつくり出す実用品に「無心の美」を見出したように、大拙の影響は民藝の思想にも及んでいる。

民藝と宗理のデザイン

このように父・宗悦と親交の篤かった大拙について、宗理との直接の交流についての記録は確認されていないが、父・宗悦の思想を通じて何らかの影響を受けたことは想像に難くない。そもそも若いころの宗理は、父・宗悦が提唱する民藝運動に反発をしていたが、デザイナ−としての経験を積むにつれ、次第に民藝への関心を強く持つようになったという。そして宗悦が民藝を通じて追い求めた「用の美」は、デザインをするうえで自身が拠り所としていたバウハウスの主張とほぼ重なることに気づく。宗理は民藝とバウハウスの思想について、「技術」と「量産」のニュアンスが異なるものの、人間の日常生活を支える大衆的製品に美を認め、素材や技術を適切に用いて機能美を追求するという意味で両者は共通すると述べている。民藝の手工芸的生産に対し、バウハウスでは機械生産を念頭に置いているため生産量に違いがあるが目指すべきところは同じであり、父・宗悦が手仕事を重視したのも当時の工業製品に醜悪なものが多いと危惧していたからで、新しい技術そのものを否定していたわけではないのだ。柳はこうした民藝とも共通するインダストリアルの世界で守るべきものづくりの姿勢をプロダクトマンシップと表現し、自身を含むデザイナーの役割を「手工芸の心を、新しい技術を使って現代に引き継ぐ」ことであると述べている。

 

ヤナギチェアとHIDAのものづくり

ヤナギチェア(当時、アームチェア)が最初に発表されたのは1972 年のことで、先の宗理による民藝についての発言からはいくらか時期を遡るが、「手工芸の心を現代に引き継ぐ」という宗理の姿勢は、我々が復刻生産に携わるなかでそのデザインから肌感覚で感じていたこととちょうど重なる。ヤナギチェアの人の手に沿うような大らかな曲線や、背もたれからアーム、座にいたる構造そのものが意匠となる明快さは、民藝に代表される手工芸の時代のものづくりと通ずるものがある。宗理はデザインをするにあたり、とにかくモックアップ(模型)をつくり、手を使って考えることに徹底してこだわったといい、ヤナギチェアの形態にはそのプロセスがはっきりと表れている。

 

ヤナギチェアは発売以来、その時々に製造を担ったメーカーの技術を活かして生産をされてきたが、飛騨産業はその復刻に際し、一体化した背もたれと肘掛け部分を一枚の曲木で製造することに挑戦する。一年半に渡る試行錯誤を経て生産化にこぎつけた厚み5cm、幅18 cmに及ぶナラ材の曲げ木加工は世界でも例をみないもので、これにより木目が通ったより丈夫で美しい仕上がりが実現する。ヤナギチェアの原型となるダイニングチェア(アームなし)では、その原案において背もたれ部分は曲木による加工を想定していたといわれ、そうした意味で飛騨産業の技術によってオリジナルのアイデアに近づくことが出来たといえるかもしれない。

 

 

 

ちなみに宗理は晩年までデザイン室で自身の椅子としてヤナギチェアを使い続けていたという。金沢からの帰路、この宗理が愛した椅子を生産するという幸運に感謝の思いを新たにしながら、宗理のいうプロダクトマンシップについて、我々の拠り所である「匠の心」と重ねて考えていた。


(協力)
本稿の執筆にあたり以下の方々にご協力をいただきました。心よりお礼を申し上げます。
一般財団法人 柳工業デザイン研究会 藤田光一 氏
鈴木大拙館 学芸員 猪谷聡 氏

 

(参考文献・資料)
柳宗理『柳宗理エッセイ』平凡社(2003年)
『民藝』730号 特集「鈴木大拙と柳宗悦」(2013年)
『致知』10月号 特集「個性的リーダー」致知出版(1988年)


Information

* 最新情報は各施設に直接お問い合わせください。

鈴木大拙館

東洋・日本の思想を世界に発信した仏教哲学者・鈴木大拙の考えや足跡をひろく国内外の人々に伝えるとともに、来館者自らの思索の場となることを目的として開設された。館内は回廊で結ばれた「展示空間」「学習空間」「思索空間」の3つの建物と、「玄関の庭」「露地の庭」「水鏡の庭」の3つの庭によって構成されており、設計は国際的な活躍で知られる建築家・谷口吉生が手掛けた。様々な切り口での大拙に関する企画展と、四季折々の美しさを目当てに訪れるリピーターも多い。

 

開館時間| 9:30~17:00(入館は16:30まで)
定休日| 毎週月曜日・年末年始・展示替期間
料金| 一般310円、高校生以下無料
Tel| 076-221-8011
住所| 石川県金沢市本多町3-4-20
URL|www.kanazawa-museum.jp/daisetz

写真提供|鈴木大拙館

金沢美術工芸大学 柳宗理記念デザイン研究所

日本を代表するインダストリアルデザイナー、柳宗理とその同時代のデザインの調査研究をする施設で、常設展として宗理が手掛けたプロダクトや資料を展示している。宗理が50年以上教鞭をとった縁から、デザイン関係資料約7000点が寄託された金沢美術工芸大学の附置施設で、今後金沢市によって柳宗理デザインミュージアム(仮称)として整備されることが決まっている。なおその際、建物には鈴木大拙館を手掛けた谷口吉生の父・谷口吉郎による金沢市西町教育研修館(旧、石川県繊維会館)をリノベーションして使用する計画だ。

 

開館時間| 9:30~17:00
定休日| 毎週月曜日(月曜が祝日のときは開所)
料金| 無料
Tel| 076-201-8003
住所| 石川県金沢市尾張町2-12-1
URL|www.kanazawa-bidai.ac.jp/yanagi

写真提供|@YANAGI DESIGN OFFICE


YANAGI COLLECTIONについて

日本の美と誇り高い足跡を後世に引き継ぎ、柳宗理の作品作りを通して世界に通用する「飛騨の名工」を広く育成してゆくために、この復刻プロジェクトを鋭意取り組みました。『ヤナギチェア』はオリジナルの造形を崩すことなく、飛騨産業の高度な曲木技術により、肘木を一本曲木で完成させています。

 

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※柳宗理のデザイン事務所「柳工業デザイン研究会」は、現在も柳の理念のもとYANAGI DESIGN として、新しいデザインのほか仕様変更の監修も行っています。

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