伊賀敢男留(いが・かおる)
1988年、東京生まれ。2015年にアールブリュット立川に出展し、以後毎年作品を発表している。
岐阜県高山市の国府町にある障がい者支援施設 吉城山ゆり園。高山駅から車で30分ほど離れた自然豊かな場所にあります。
2020年、飛騨産業株式会社は創業100周年を記念し吉城山ゆり園の運営母体である社会福祉法人 飛騨慈光会に寄付をはじめとした支援を行う方針を決定しました。その第一弾として2022年に同法人の施設である児童養護施設 夕陽ヶ丘に家庭的な木製のダイニングやリビングを寄贈しました。そして2023年には、吉城山ゆり園の敷地内にある小さな建物を「地域交流棟 かっこうの森」としてオープンするためのお手伝いをしました。利用者の方や職員の方の休憩スペースとしてだけでなく、休日には福祉に関する勉強会や交流会が行われ、障害の有無に関係なく誰もがくつろぐことができる建物として活用されています。
この連載では「かっこうの森」での活動を中心に、飛騨産業の福祉への取り組みを継続的に紹介していきます。第一回目となる今回は、かっこうの森誕生までのストーリーと、ヘラルボニーとの協業(ファブリックこもれびの開発およびかっこうの森オープニングレセプション)をご紹介します。
ヘラルボニーとHIDA
「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、おもに知的障害のあるアーティストと共に色鮮やかな製品を開発するヘラルボニー。ヘラルボニーの取り組みに感銘を受けた飛騨産業社長の岡田明子が、ヘラルボニーの展示会に足を運んだことでさらに想いが深まり、アートを使用した家具のテキスタイルを開発することになりました。ヘラルボニーについて岡田は「世の中自体の福祉の在り方を変えようする姿勢が大変素晴らしいと思いました」と述べています。
こもれびの開発
HIDAデザインチームは、当初から作品を織物で表現したいという思いがありました。再現という点ではプリントに劣りますが、無垢の木の家具には立体的な深みのある織物のファブリックがよく馴染むからです。ヘラルボニーと契約しているアーティストの作品の多くは色彩豊かで魅力的なのですが、織物にするにはどうしても色数を制限しなければなりません。その中で目に留まったのが伊賀敢男留さんの作品「こもれび」でした。
青や緑の色味は木の色と相性が良い上に、五線譜のような模様を織物のパターンにしたらひと際ユニークな布になると感じました。また「こもれび」という作品名もやわらかな光とそよ風の心地よさをイメージさせ、自然素材を扱うHIDAにぴったりでした。そして、実際に伊賀さんと伊賀さんのご家族にお会いし、こもれびを織物で表現することについてご了承をいただきました。クラフトへの深い造形をお持ちのご家族はHIDAのものづくりに共感を示してくださり、伊賀さんご自身に機織りの経験があることや、陶芸やハサミを使った作品などいろいろな作品を制作されていることを教えてくださいました。
こもれび(版画) 2014年
1988年、東京生まれ。2015年にアールブリュット立川に出展し、以後毎年作品を発表している。
作品には版画独特の微妙な色の重なりがあり、刷ったときにできた絵具のにじみやぼかしのような模様もありました。その美しい揺らぎの魅力をなんとか再現しようと、HIDAが信頼を寄せている機屋さんと何度もサンプルを制作し調整を行いました。ときには伊賀さんが制作した他の作品と比較して色出しを行いました。織物の場合、絵画の細かなタッチはデフォルメされます。開発担当の小平は「良い味わいとして心地よく感じられるように着地点を決める作業は非常に難しく、とてもやりがいがありました。」と当時を振り返っています。
またインテリアファブリックとして幅を広げるために、伊賀さんのご了承を得て、原画の色味とは異なる別色も開発することになりました。そして2022年の秋、2色のファブリックは完成し、多くの人の目に触れることとなりました。
ファブリックの縦糸と横糸の出会いを検証する作業
こもれびを張ったソファ 手前のクッションは追加で開発した別色のこもれび
かっこうの森の設営
かっこうの森はもともと八角棟と呼ばれていた建物です。吉城山ゆり園ではかねてより同施設を活性化したいという思いがあり、八角棟を地域交流のためのスペースとして吉城山ゆり園と共にリノベーションを行うこととなりました。
HIDAデザインチームでは、訪れた人が好きな椅子を選べるよう個性豊かなチェアの他、こもれびを張ったソファを納めました。また、吉城山ゆり園の利用者さんもリノベーションに参加していただき、吉城山ゆり園で制作している小物を置くコーナーを設けたり、室内に飾るアートを制作したりしました。アートを制作された方の一人は、たくさんコーヒーが飲みたいという理由でひと際大きなコーヒーカップを描くなど、皆が思い思いに筆を振るいました。
制作の様子
コーヒーカップ 吉城山ゆり園利用者一同 2022年
また「地域交流棟 かっこうの森」という名称は飛騨慈光会の職員さん達によって名付けられました。訪れた人がかっこうの鳴く落ち着いた空間で寛いでほしいという願いが込められ「かっこう」という言葉の響きの良さや西洋では幸せを呼ぶ鳥と言われていることなども名前を選ぶ際の決め手になりました。建物の看板は手作りにこだわり、HIDAデザインチームが手彫りで制作しました。
そして、かっこうの森は吉城山ゆり園で毎年開催される5月の花苗市にあわせてお披露目されることになりました。
かっこうの森 入口
かっこうの森 室内
かっこうの森のオープンに向けて
より多くの方にかっこうの森を見てもらうため、かっこうの森のオープニングセレモニーではイベントも企画することになりました。
こもれびの作者の伊賀敢男留さんは絵画に加え音楽もお好きで、お母さまの知り合いの勧めで始めたチェロを20年以上続けられています。ファブリックの開発で伊賀さんのご自宅を訪れた際に演奏してくださった「人生のメリーゴーランド」は心温まる演奏でした。
かっこうの森の中は音色の響きも良く、伊賀さんにチェロを弾いていただいたら素敵なオープニングイベントになるのではないかと考え、伊賀さんにリサイタルを依頼しました。
伊賀さんのお母様は敢男留さんがいろいろな人の前で演奏することを望んでおり、喜んで引き受けてくださいました。また、吉城山ゆり園の山平施設長にも「めったにない機会のため施設の利用者の方にぜひ聞いてもらいたい」と施設での準備を執り行っていただきました。小さな建物でも多くの人がコンサートを聴けるよう3部制とするなど、やり取りを重ねました。
伊賀さんのご自宅にて 作品の前でチェロを携える伊賀敢男留さん
森の演奏会当日
5月21日、爽やかな晴れの日に演奏会は行われました。演奏会には、吉城山ゆり園に入所・通所されている方々やそのご家族の他、地域の方が参加しました。花苗市を目的に来た多くの人も足を止めていました。
曲目は演奏会に来た皆が楽しめるよう伊賀さんのチェロの先生とお母様が選曲し、チェロの名曲であるバッハの「無伴奏チェロ組曲 第1番」や伊賀さんが好きなスタジオジブリの「君をのせて」に加えて「人生のメリーゴーランド」など計6曲演奏しました。曲の解説は伊賀さんのエピソードも交えた温かいもので、こちらは伊賀さんのお母さまが作成しました。伊賀さんはご家族と目を合わせつつ、周りの人たちともコミュニケーションを取っていました。演奏会の間、皆が伊賀さんの音色に耳を傾けており、曲に合わせて体を揺らす方もいて、とても和やかな時間となりました。山平施設長は演奏会を振り返って「障害のある人もない人もみんなが集まって一体感を共有できる。そんな空間になることがかっこうの森の理想の形であり、オープニングセレモニーは良いきっかけになりました」と述べ、施設の活用が進むことに期待を寄せています。
ものづくりを通じてできた出会いから素敵な演奏会を開くことができ、障害の垣根を超えたオープニングセレモニーとなりました。飛騨産業はこれからもものづくりによって福祉との関わりを深めていきたいと考えています。
演奏会当日はヘラルボニーの松田社長も出席。
飛騨慈光会 高山山ゆり園に入所されている小林育夫さんが松田社長に似顔絵をプレゼント。
演奏会の様子。
こもれびのお披露目が行われた展示会にて記念撮影。
こもれびを張ったソファに座るヘラルボニーの松田社長(中央)と岡田社長(左)、岡田会長(右)。