ところで飛騨産業の営業部門が、この10年ほど力を入れている領域がある。「コントラクト」と呼ばれる、学校や病院、ホテルといった公共・商業施設のために大量に作る特別注文家具だ。近年、各メーカーが案件を受注しようとしのぎを削る。
飛騨産業の強みは、施主やクライアントの要望に丁寧に応えていくメンバーの姿勢と、それを実現する生産体制だ。コントラクト・海外事業部の部長 尾崎哲也は、「工場と設計部門が培ってきたスピード感や柔軟性があってこそ可能なことです」という。
大型のコントラクト案件として、2010年に三重県亀山市立関中学校にスギ圧縮材のフローリングや下駄箱を納入した。その後も、さまざまな学校や病院、市庁舎などへの納入実績を積んできた。
2016年の伊勢志摩サミットでは、G7首脳が会議で使う家具の製作を委託された。三重県尾鷲産のヒノキを使い、美しく組み上げた円卓は、多くのメディアに取り上げられて話題になった。
近年増えてきているのは、「国産材や地域材を使いたい」という要望だ。特に公共施設では、木材利用促進法(公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律)への努力義務から、自治体からの相談が後を絶たないという。
例えば以前、ある自治体の市役所から飛騨産業に電話がかかってきた。「小学校の建設予定地にクスノキが生えていて、それを何かに使えないか」という相談だった。尾崎はそれを見に行き、図書室のベンチを作ることを提案した。
「木を伐る時には、地元の素材生産企業のパイプが必要です。また、乾燥や防腐など適切な処理をしなければ家具や建材として使うことはできません。素材生産企業と話ができて、提案から作るところまで一貫してできる飛騨産業のノウハウと技術力が期待されています」。
2018年に森林環境譲与税が創設され、2024年から徴収することになった。また「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」が「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」に改正され、今後ますます、自治体や民間の木材活用は課題となる。「どんな相談を受けても、お手伝いできる存在になりたい」と尾崎。今まで以上に生産現場との連携を深めながら、技術を強化していくつもりだ。

お客様に一番近いところで
2011年3月。東日本大震災の直後、営業統括本部長の田屋と東日本営業所 所長の中村は営業担当者とともに東北にいた。取引先の家具量販店や専門店で、瓦礫の撤去や壊れた商品の片付けを手伝うためだった。そこで「お客様から、潮水に浸かってしまった飛騨産業の家具を直したいという話がある」と耳にし、ふたりはすぐに申し出た。「無償で直しますから、持ってきてください」。
取引先を通じて無償修理(一部有償)の案内を出すと、11トントラック2台分の家具が集まった。それを高山まで運び、工場で手分けして修理する。大半は、完全に潮水に浸かっていた。クッションは使いものにならず、木の部分は天日で干しても白く残る。水で塩を落として乾燥させ、丹念にペーパーをかけて磨いた。
「イチから作るよりも大変。でも被災地を目の当たりにして、家具メーカーとしてできることをやりたかった」と田屋。その気持ちと真摯な仕事ぶりに、被災者の心が癒されたことはいうまでもない。
「『人を想う』の『想』という漢字は、木を見ながらの心。その意味合いを、これからますます深く感じていかないといけない」と中村。「製品を売ることだけではなく、飛騨産業の想いをいかにお客様に届けていくか。これからもお客様に最も近いところで精一杯考えながら、取り組んでいきます」。